「川口は近かった」 shoyanより
前回も書いたが、どんな朝のラッシユもくぐり抜けてその日のうちに地方公演のステージに立つ。それが当たり前だった日々の記録がスクリーンに投影されている。今回の『風の楽団ツアー』のオープニング映像の中で、当時僕らがどの会場でライブをしていたかの日常が次々に流れる。スタッフが見つけてくれた古い音楽雑誌に載った当時の「風のスケジュール」というページは、まさに青春の1ページ。目まぐるしさを夢中で走り抜けた証しを今振り返っても、それが大変だったなんてちっとも思わなかった。思い出すのは、朝ギリギリで列車に駆け込んだ早々に座席を倒し、その傾斜と腰の隙間をほどよくアジャストして足を投げ出せばすぐ寝に入れるクボやんの特技と、必ずその横に置かれたビッグコミック。

▲ 滅多にTVに出なかった「風」だが、当時のミュージック・フェアの「番組の途中でCMを入れない」というシオノギ製薬の音楽に対するリスペクトと、必ずフルコーラスで曲の世界観を守ってくれる姿勢がカッコよくて、つい出演することになりスタジオ入りするも、慣れない段取りにメイクさんからは追いかけられ(笑)、終いにはADさんから「では“本番の衣装“でお願いします」と言われながらもそのまま収録を終え、どうにか二人で「テレビという異質な文化」の中でのアウェイ感を克服できた思い出がある。
このスケジュールを見ると、次の週からは東北へ三日連続の旅へ出る前に近郊二ヶ所があって、こんな時は車で行くのだが、今思うと僕もクホやんもマネージャーも誰も運転免許を持ってなかったのにどうやって移動したのか覚えていない。とにかくその二日間は日帰り出来るわけで、終演後はきっと原宿に直行し、拓郎さんも歌の中でバーボンを飲んでたあの『ペニーレイン』に入り浸ってたことを思えば、見た目はキツそうな東北ライブ三連チャンより日帰りの方が“不健康だった”と言わざるを得ない。
ではどこまでが日帰り圏内か?という話になるが、車で移動するなら高速道路が整備された今と昔とでは事情がかなり違う。おかげで時間が短縮されて、やりかけの仕事を車に持ち込んでも「あれ!もう着いたの」ということだってある。先日の川口までがそうだった。埼玉だからそう遠くはないとは思っていたが、あんなに近いとは思わずに移動の選択肢として、前日のうちに池袋のホテルにまで行っておこうか・・・とまで考えていた。いや笑いを取るつもりではなく、オープニング映像の中のあの若い頃から50年以上経った現在、いざライブに臨もうとしてもとてもあの頃のようにはいかない今の自分が歯痒くもある。一方1975年7月2日当時はテレビ収録もこなし、その翌日から二本続けての日帰りライブを終えれば「中二日」の休みさえ存分に“不健康”に遊びまくり、それでも二日あればリフレッシュして、朝からあのラッシュを抜けて東北まで行き、その日から三日間ライブを続けられる体力があったのだ。それが2026年現在ともなれば、市川公演からの同じ「中二日」でも、きっと回復のスピードの桁が違うのではとまで思う。それで少しでも移動が楽になるのであれば池袋に前泊するのもありと考えたのだが、なるほどこの日は特に都内からのゲスト関係者が多かったのは川口だったからで、実質ここはもう東京だったのだ。そう!前回の市川市文化会館の項で述べたように、もし就職や大学入学で地方から川口に来たとしても“上京”と呼んでもいいことにしようではないか。







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